トキソプラズマ(Toxoplasma gondii)はアピコンプレックス門に属する単細胞生物で、ネコ科の動物を終宿主とする細胞内寄生原虫である。中間宿主としてヒトの他、豚、ヤギ、ネズミ、ニワトリなど、200種類以上の哺乳類や鳥類などの恒温動物に感染する。ヒトの感染症としては世界中で見られるが、地域でその有病率に大きな差がある。
病原体としては栄養型、シスト、オーシストの3型が知られている。眼、鼻の粘膜や外傷から感染する可能性はあるが、その頻度は低いと考えられる。栄養型は急増虫体と呼ばれており、細胞内に寄生して急激に増殖するが、消毒液や胃酸で容易に不活化されるため、経口摂取による感染は希である。ヒトへの感染は主に、シストやオーシストの経口感染によって起こる(図1)。
シストは中間宿主の脳や筋肉の組織中に形成され、厚く丈夫な壁の内部に数千におよぶ緩増虫体を含んでいる。シストは室温で数日、4 ℃なら数か月生存する。オーシストは終宿主であるネコ科の動物の腸管内で有性生殖により形成され、糞便中に排出される。排出されたオーシストは、環境中で数日間かけて成熟し、数か月以上生存する。シストは、加熱処理(56 ℃、15分以上)ないし冷凍処理(-20 ℃、24時間以上)によって不活化され、オーシストは、70 ℃、10分以上の加熱処理で不活化される。
加熱不十分な食肉中のシスト、飼い猫のトイレ掃除、園芸、砂場遊びなどによって手に付いたオーシスト、または洗浄不十分な野菜や果物に付着していたオーシストが、口から体内に入り感染が成立することが多い。
図1:トキソプラズマのライフサイクル
CDCホームページより改変
ヒトが感染したら
通常、成人がトキソプラズマに感染してもおよそ8割は症状がなく、2割でリンパ節腫脹や発熱、筋肉痛、疲労感などの亜急性症状が出現し、数週間で回復する。その後、シストが組織中に形成され慢性感染に移行する。慢性感染では症状がないため臨床的に問題になることは少ない。臨床的にシストを検出することは困難であり、またシストを除去する治療法はない。一般的に、免疫能が正常であれば、シスト中の緩増虫体の再活性化による虫血症は起こらない。しかし、胎児、HIV患者や臓器移植患者など免疫抑制状態にある場合は、初感染ないしシスト中の緩増虫体の再活性化による虫血症が長期間続き、脈絡網膜炎、中枢神経系障害、肺炎や心筋炎などの重篤な日和見感染症を引き起こす。感染予防のワクチンはない。
IgG Avidityとは
Avidityとは、抗原と抗体の結合力の総和のことである。感染初期において、まず抗原と低親和性の抗体が産生され、感染の経過に従って高親和性の抗体が産生される。Avidityが弱ければ感染してから間もない時期で、母体は初感染である可能性が高い。Avidityを測定することで、母体のトキソプラズマ感染時期を推定することができる。
例えば、ELISA法で尿素処理を用いてIgG avidityを測定することができる。蛋白変性剤(尿素など)を添加した洗浄液を用いて測定した吸光度を非添加の洗浄液を用いて測定した吸光度で除算し、avidity index (AI) % として表記する。AIが低値であれば、最近(1年以内)の感染であるとされる(図2)。
図2:Avidity indexの測定原理